遅ればせながら白山詣

    6月18日(日)
    5:19別当出合→6:00別当坂分岐→6:50殿ヶ池避難小屋→7:25黒ボコ岩→7:45室堂→8:15山頂→9:45黒ボコ岩→10:12甚之助避難小屋→10:45中飯場→11:10別当出合
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    今年初の白山詣。今年は7月頭から週末のマイカー規制が実施されるので、週末別当出合まで行けるのは今月末までだ。何とも不便になったものだ。昨日も5時過ぎに駐車場に着いた時は既に多くのマイカーがあった。
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    人の少ない観光新道を登る。このコースは別当坂分岐まで登れば気持ちの良い尾根歩きになるのだが、そこへ至るまでの急坂が厄介だ。40分かけて分岐に到着したが、今日はどうやら天気が優れない様だ。

    避難小屋手前から残雪が出始め、五葉坂まではほぼ雪の上を歩くが、慣れている人はアイゼン無しでも大丈夫だ。
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    山頂は寒く展望は望めない。人数は5,6人といった所か。暫くすると徐々に人が増え始めてきたので、水屋尻雪渓を黒ボコ岩まで一気下る。
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    砂防新道はこの時期相変わらずトラバース部分の残雪が嫌らしい。下りはそれほどでもないが、上ってくる人は結構難儀していた。この時期上りは観光新道の方が良さそうだ。
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    下山後は久しぶりに永井旅館の温泉で汗を流した。

    [ 2017/06/19 10:16 ] 登山 白山 | TB(0) | CM(0)

    2017富士登山計画(ルート編②)

    前述の4つの登山口へは全て車で行けるのだが、富士山特有の問題がある。夏のマイカー規制問題である。以前は夏の登山期間中でも週末に限られたりしていたマイカー規制が、ここ数年来ひと夏を通して平日・週末を問わず規制がかかる様になったみたいだ。これも世界文化遺産に登録された事で、環境的に見てもやむを得ない措置であろう。

    先日の石鎚山の様に、登山開始時間に合わせ登山口まで車で行って、下山したら即帰路に就くという自分の登山スタイルではマイカー規制は大きなネックである。因みに白山も今年は例年以上のマイカー規制が実施される様だ。

    そんな中、唯一マイカー規制が実施されない登山口があった。御殿場登山口である。
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    御殿場登山口へは週末でさえも規制が無く、これは例年通りの措置の様である。理由は前述のコース別年間登山者数を見れば一目瞭然である。更に日別登山者データによると、昨年御殿場ルートで一番登山者が多かった日は、7月17日(日)の557人が最高である。駐車台数500台に対し、ピーク時でも規制の必要が無い事がうかがえる。

    もうこの時点で御殿場ルートから登る以外に選択肢は無い。厳密に言えば吉田ルートを1合目から登るといった、マイカー規制の影響を受けない手段もあるらしいのだが、この場合6合目以降は5合目から出発した多くの登山者と合流する為、間違いなく渋滞に遭遇するのを覚悟しなければならないらしい。

    夏の2ヶ月間で20万人以上の登山者が訪れる富士山で、唯一マイカー規制が実施されない御殿場ルートとは逆に一体どんなルートなのだろうか?

    [ 2017/06/16 11:20 ] 独り言 山について・・・ | TB(0) | CM(0)

    2017富士登山計画(ルート編①)

    自分が富士登山にあまり興味が沸かなかった理由の一つに、北アとかの他の山域とは違い「観光の山」というイメージがあるのが大きい。「一生に一度は登ってみたい」との理由で、多くの「にわか登山者」が数珠繋ぎになって登っている姿しか想像できず、2013年に世界文化遺産に登録され、そのイメージが更に膨らんだ事も輪をかけている。

    しかし登ると決めたらそんな事は言っていられない。早速「山と高原地図」を購入し登山ルートを調べてみた。さすがに日本一の山、登山ルートの数も半端無い。
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    ネット等も含め調べた結果、数あるルートのうち山頂へは「吉田ルート」「富士宮ルート」「須走ルート」「御殿場ルート」と主に4つの登山ルートがある事がわかった。下記の写真を見ると非常にわかりやすい。
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    また、その他にも登山道がいくつも張り巡らされ、「プリンスルート」などといった、上記のルートを一部繋ぎ合わせた裏技的なルートもある様だ。因みに「プリンスルート」とは皇太子殿下が2008年に登られた時のルートで、上記4つの登山口の中で標高の一番高い富士宮登山口から御殿場ルートに合流して山頂を目指すルートの事を言う。

    因みに昨年(平成28年7月1日~9月10日)のルート別の登山者数は以下の様になっている。(環境省発表による)
    全登山者数  248,461(100%)
    吉田ルート   151,969(61.16%)
    富士宮ルート  59,799(24.07%)
    須走ルート    20,996(8.45%)
    御殿場ルート  15,697(6.32%)

    これを見る限り、6割以上の登山者が「吉田ルート」を利用し、「富士宮ルート」を合わせた2つのルートで実に全体の85%を占めている事がわかる。これは上の図を見れば一目瞭然で、どちらの登山口も標高が2,300mを超え、山頂に最も近い位置からのスタートになっている為であろう。自分がイメージしている、登山者が数珠繋ぎなって登っている様子は、どうやらこの2つのルート上での姿であろう。

    なるほど登山者はこの2つのルートで大半を占め、残りの2つのルートは割とというか殆ど混雑する事無く登る事ができそうだ。この時点で登るのは「須走ルート」「御殿場ルート」に絞られた。

    [ 2017/06/10 10:37 ] 独り言 山について・・・ | TB(0) | CM(0)

    2017富士登山計画(動機編)

    言わずと知れた日本一の山ではあるが、山登りを始めてから登りたいと思った事は一度も無かった。この山はあくまで他の場所から眺める為の山であって、自ら登るにあたってはその魅力は激減する、そんなイメージが強烈な山だ。

    今もそんな思いは変わらないが、先日放送されたある番組を見て一度は登っておくべきだと思う様になった。「田部井淳子 最後の山へ」昨年亡くなられた登山家の田部井淳子さんが、東北の高校生達と一緒に富士山に登る番組である。

    既に癌に冒されていた田部井さんが、一人でも多くの東北の高校生を富士山に連れて行きたいと、自ら足を動かし高校生達を励ましながら登っていく。しかし病で体力を奪われた彼女に頂上まで登る力は残っておらず、無念の思いで登頂を断念し下山を決意。途中山頂から下りてきた高校生達と再開し彼らの登頂を心から喜び合う。しかしそのわずか3ヶ月後、田部井さんは闘病生活の末息を引き取った。

    番組からは田部井さんが自らの命を削ってでも、東北の高校生達に日本一の高さから見る景色をどうしても見せてあげたい、という思いがひしひしと伝わってきて、自分の富士山に対する思いが浅はかである事を思い知らされた。

    田部井さんが見せてあげたいと思っていた富士山からの眺め、それがどんなものなのか是非自分で見てみたくて、今夏に富士山に登る計画を立てていく事にした。

    [ 2017/06/09 11:21 ] 独り言 山について・・・ | TB(0) | CM(0)

    西日本の最高峰石鎚山

    以前から、一度は登ってみたいと思っていた四国の石鎚山に強行スケジュールで登ってきた。

    5月18日(木)
    5:25西乃川登山口→6:57成就社→7:26八丁のコル→7:53試しの鎖→8:29夜明峠→8:39一ノ鎖→8:52二ノ鎖→9:05三ノ鎖→9:14弥山→9:34天狗岳→10:05弥山→10:42夜明峠→11:26天柱石→11:45十字分岐→12:44刀掛→13:00岩原→13:45西乃川登山口

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    GPS電池切れにより一部ログ消失

    前日の夕方自宅を出発、高速を走り入野PAで時間調整の仮眠をとる。3時半に起き、いよ西条ICで降り牛丼屋で朝食をとる。コンビニで食料等を調達し、登山口の西乃川には5時過ぎに到着。仮眠も含めるとほぼ12時間の移動であった。

    通常石鎚山に登るには麓からロープウェイを利用し、そこから整備された参道を利用するのが定石だ。登山口から成就社近くまで、標高差845mを約8分で移動できる。しかし始発時間が平日で8時40分(土日でも7時40分)と登山をするには非常に遅いという事と、歴史のある登山道を麓から自分の足で登るのが石鎚山に対する礼儀だと思い文明の利器は利用しない。
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    登山口真向かいの有料駐車場に車を止めたが、料金の支払い方が分からない。支度をしていたら一人の女性が現れた。すぐ近くの家の方で、どうやら管理人さんらしい。1日500円という事で、日帰りの旨を伝え支払いをすませた。更に支度をしていると、1組のペアが先に登山口に入っていった。
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    道路横の石段より登山道(この山は山自体が御神体なので、参道というのが本当のようだ)にエントリーすると、いきなり何軒もの廃屋跡の間を通る。恐らくロープウェイができるまで(1966年8月設立)は参拝者で溢れ、集落も賑わっていた様子が窺える。更に進むと手積みの石垣が幾つも現れた。石の一つ一つにこの山が信仰の山であると言う事を痛感させられる。これを参道と言わず何と言おうか?これを見れただけでもロープウェイを利用しなくて良かったと思った。
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    石垣群を過ぎるといよいよ本格的な登りになり、杉の間伐林の坂道が延々と続く。非常に手入れされた間伐林である。途中、先行するペアを追い越したが、登りで出会った登山者は唯一このペアだけだった。
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    ようやく標高差約900mを登り切ると、ロープウエイ駅からの参道と合流し、道幅が一気に広くなり歩きやすくなる。しばらく進むと成就社に到着する。成就社は石鎚神社の中宮(山頂社が奥宮)とされ拝殿や旅館、休憩所等が立ち並ぶ、石鎚山参拝の重要拠点である。本来なら登山者、参拝者で賑わう筈であるが、ロープウエイの始発前という事で、誰一人いなちょっと異様な空間だった。ここの鳥居越しに初めて本峰を望む事ができた。
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    ここから先は「表参道成就コース」と言われ文字通り山頂へのメインストリートである。ここでも誰一人出会うこと無く最初の鎖場「試しの鎖」に到着。石鎚山にはこの他「一ノ鎖」「二ノ鎖」「三ノ鎖」と計4ヵ所のほぼ垂直な鎖場がある。「鎖禅定」とよばれ、古くから白衣の信徒がこの鎖場を登る姿は、まさにこの山が修験の山である事を伝えている。
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    それぞれの鎖場には迂回路が設けられ、誰でも危険を冒さなくても山頂まで行ける様になっているが、迷わず鎖場を登る。この鎖場こそが正規の参道であり、全て登ってこそ麓から登ってきた意義があるというものだ。鎖自体今まで見た事の無い様な大きさで非常にしっかりしているので、北アの鎖場に慣れている人にとっては問題なく登れると思う。ただ高さがあり、一番短い「一ノ鎖」で33m、一番長い「三ノ鎖」で68mもある。体力に自信が無い人は途中で身動きが取れない事態に陥りかねず、(試しの鎖では無く)「一ノ鎖」で様子をみるのが賢明である。
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    「試しの鎖」は名前だけみれば一番簡単そうだが、惑わされてはいけない。この場所はジャンダルムや西穂独標の様に独立した岩山になっていて、登るだけでなく必ず下らなければならない。更にこの下りが厄介で、下が全く見えない様な鎖場を下りていかなければならない。迂回路も無いので、登り切ったはいいが恐怖で下れない人はもう為す術が無い。最も登り口で注意書きの看板はあるので、登ってしまった人は自己責任です(笑)

    試しの鎖を過ぎるとようやく本峰の全容が望める場所に出る。急峻な岩場に建物が建っているのが良く分かる。
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    「二ノ鎖」の手前で、他の登山ルートと合流し、久しぶりの登山者に出会う。「土小屋コース」といって、山頂への最短コースらしい。連続する「二の鎖」「三ノ鎖」を登り切るといきなり山頂の奥宮の鳥居の前に出た。これは鎖場が正式な参道である事の歴とした証拠である。因みに迂回路を経由すれば、山頂奥宮の裏側に到達する。
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    山頂奥宮は「弥山」と呼ばれ、石鎚山の最高峰ではない。最高峰は弥山からナイフリッジを渡った先にある「天狗岳」である。弥山から見る天狗岳は圧巻である。この姿を見たくて、そしてこのナイフリッジを歩いて天狗岳に立つ為に、12時間掛けて福井からやってきたようなものである。弥山には登山者2名のみ、うち天狗岳を眺めている一人の女性は「私はとても怖くてあんな所よう行かんわ」と仲間のいる天狗岳を見つめていた。
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    槍の穂先とかもそうだが、写真では「こんな所どうやって行くの?」といった場所が実際行ってみるとそうでもない事が多々ある。以前から恐らく天狗岳もそんな所ではないか?と思いながらようやく歩く機会がやってきた。歩いてみると思った通り何ともない場所で、難なく天狗岳にたどり着いた。先行者が4名いたがすぐに一人になり、西日本の最高峰を暫く満喫することができた。
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    天狗岳からは下りに歩く予定の御塔谷の全容が良く見える。振り返ると弥山にもようやく登山者が増えてきたのが見える。着替えたり行動食を摂って20分程過ぎると、ガスが一気に沸きだしあっという間に弥山が見えなくなった。あと少し登頂が遅れていたら先ほどの天狗岳の姿や四国山地も一望できなかったと思うと間一髪であった。これも麓から参道を忠実に歩いて来た事へのご褒美であろう。
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    参拝は終わったので下りは折角なので鎖場を使わず迂回路を通ってみた。所々鉄の桟橋が架けられていて上り下り専用のレーンに分けられていた。それにしても凄い場所に架けられている。ロープウエイやこれらの迂回路のおかげで石鎚山参拝も随分と身近になった事であろう。
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    夜明峠までは来た道を戻り、ここからは「御塔谷コース」という別のルートを下る。このコースは一転して歩く人の数は少ないが、「石鎚山三十六王子道」という道の一部で道中三十六の王子社が祀られており、古くはそれらを巡拝する人たちの道としてこれまた歴史深い道である。道は決して明瞭では無く、王子社を探し回った跡と思われる踏み跡があちこちに見られ、常に登山道を外れていないか注意が必要である。
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    暫く下ると天柱石という大きな石塔が現れた。三十六王子のうちの一つで旗には27番目の王子社と記されている。
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    更に下って行くと朽ちかけた木橋や傾いた鉄橋をいくつも通過する。十字分岐辺りで二組の登山者とすれ違ったのみで登山口にたどり着いた。平日とはいえ如何にこのコースを利用する人が少ないかが分かる。反面今でも参拝者が後を絶たない歴史の道でもあり信仰の山を十二分に体験できるコースでもあった。
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    登山口近くで一人休憩している農作業のご婦人と話をした。長い間ここで暮らしていてこの地が大好きだという方で、いきなり「福井から来られた方ですか」と尋ねられ驚いた。よくよく話してみると駐車場の管理人さんの家族の方で、朝話をしたのは娘さんらしい。今日駐車したもう一台の車も福井から来た人だと言っていた。駐車のお礼を言うと「また来て下さいね。」と言われ登山口に戻った。
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    直ぐさま帰りの支度をし、西条市内の銭湯で汗を流し、途中金刀比羅さんに参拝し帰宅したのが翌る日の1時半。登山以外は殆ど移動の時間だったが、それでも以前より登りたいと思っていた山に登る事ができ、尚且つ思った通り歴史のある山で、運転の疲れを差し引いても余りある今回の強行登山だった。

    [ 2017/05/22 18:03 ] 登山 その他の山域 | TB(0) | CM(0)

    シャクナゲ満開の富士写ヶ岳→火燈山周回

    6:30大内登山口駐車場→8:00富士写ヶ岳→9:20小倉谷山→9:40火燈山→10:50大内峠→11:00大内登山口駐車場
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    前回この山に登ったのは2年前の6月。その時初めてこの山がシャクナゲで有名な事を知り、次回は是非シャクナゲの時期に来たいと思っていた。今回も前回同様、妻を誘って登ってきた。

    大内登山口駐車場に着いたのは6時30分、シャクナゲとGWが重なって多くの車を予想していたが、時間が早かったせいか10台くらいと肩すかしをくらった。

    登山道は最初から急勾配が続くが、一定な勾配で歩きやすく、鬼ヶ岳を登り慣れている二人にとっては、この一定な勾配が寧ろ心地よくリズミカルで体に優しく感じられる。

    登り始めて約1時間、高度750mを超えた辺りで本日最初のシャクナゲが表れる。
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    景色も広がり福井平野が日本海まで見渡せる様になる。
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    シャクナゲやタムシバを眺めながらもう一踏ん張りして富士写ヶ岳山頂へ。予想に反して山頂には誰もいない。すぐに我谷ダム側から1人2人と登ってきたが、5,6人程度の静かな山頂だった。
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    山頂には前回は無かった方位盤を兼ねた深田久弥の記念碑が立てられていた。深田が中学生の時、先輩達に連れられて初めて登った本格的な山で、以後深田を山の世界に引き込むきっかけとなった山がこの富士写ヶ岳なのである。今日は生憎白山が見えなかったが、深田久弥が登った時には恐らく東の方角に立派な白山が見えていた事だろう。
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    山頂を後にし、周回コースへ向かう。この頃からボチボチと登山者とすれ違う様になってきた。小倉谷山頂では狭い山頂に10数人の登山者が。皆周回コースを我々とは逆廻りで登ってきたらしく、聞いた所では逆廻り(半時計回り)の方が登りが緩やかなので、こちらのコースを歩く人が多いとの事だ。

    そこから先は登山者と引っ切り無しにすれ違う様になり、火燈山頂は大賑わい。一旦姿が少なくなっていたシャクナゲも火燈山頂の周辺で一番の群生地に出会う。
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    これだけのシャクナゲを観た妻も大満足の様で、最後まで足取り軽く周回を終える事ができた。
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    旧国道に出てびっくり!道路が全て駐車場まで片側駐車で埋まっていた。その数ざっと見ても100台は優に超えていた。やはり山登りは朝早いに限る。


    [ 2017/04/30 18:28 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    文殊山縦走トレーニング

    9:45二上登山口→10:13大文殊→10:23奥の院→10:42橋立山→11:00謎の登山口→11:04酒清水登山口→11:24橋立山→11:44奥の院→12:20二上登山口
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    カタクリがちょうど見頃という事で久しぶりに文殊山に登ってみた。どうせならと体力作りも兼ねてピストン縦走にしてみた。

    二上登山口は相変わらず賑やかだ。ここへ来るたび思うのは、鬼ヶ岳駐車場にもトイレができたらいいなという事。
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    メインコースをショートカットし稜線に出た辺りからカタクリが見られる様になる。群生地の一面の花びらはお見事!
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    大文殊を超えて奥の院を過ぎると、カタクリも少なくなり、同じくらい人通りも少なくなる。
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    橋立山からの急な下りで道を間違えてしまい、謎の登山口に下りてしまった。
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    暫く道路を歩き、酒清水登山口で水分補給をして後半戦にエントリー。
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    総距離11.5キロ、時間にして2時間35分の良いトレーニングだった。
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    [ 2017/04/08 16:14 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    鬼ヶ岳大周回コース

    14:00登山口→14:37蛇ヶ岳→15:27奥鬼ヶ岳→15:42奥鬼新道分岐→16:15登山口
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    先週初めて歩いた周回コースの逆廻りバージョン。尚且つ今回は主峰を経由せず、そのまま以前の周回コースを下りる、現在考えられる最も距離の長い大周回コースを歩いてみた。

    大虫滝公園までは、いつも車で通っている道路歩き。
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    蛇ヶ池
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    相変わらず歩いていて気持ちの良い尾根道
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    先日より15分早くゴール、距離は若干長い筈だが主峰の急登が無かった分、早く歩けたのかも知れない。駐車場には10台程の車があったが、誰一人会わなかった。

    [ 2017/03/29 18:07 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    鬼ヶ岳に新たな周回コース

    14:55登山口→15:25山頂→15:35奥鬼新道分岐→15:55奥鬼ヶ岳→16:55蛇ヶ岳→17:30登山口
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    従来、鬼ヶ岳の登山ルートといえば、登山口から山頂までの往復ルートと、山頂から半時計回りの周回ルートの2ルートのみであった。自分が初めて鬼ヶ岳に登ったのは2002年、その時からつい最近まではこの2つのルート以外に道は無かった。

    それが昨年辺りから、「奥鬼ヶ岳」「西鬼ヶ岳」と名付けられた小ピークまでのルートが開拓され、同時にメインルートの各休憩所にもベンチや日除けの施設が次々と出来あがり、以前に比べ随分と賑わいのある山に変わってきた。これらは皆、鬼ヶ岳の愛好者の方々が日々コツコツと整備されてきた賜物で有り、登山者にとって非常に有りがたく感謝の気持ちで一杯である。

    昨年「奥鬼ヶ岳」を訪れたとき、「いっその事ここから先さらに足を伸ばし、新たな周回コースができないものか?」と思った事を覚えていたのだが、どうやら本当に新たな周回コースができてしまった様なのである。今年の冬辺りから、奥鬼をさらに進み安養寺トンネルの上を通り「蛇ヶ岳」という山を経由し大虫滝に下りるコースがネットにアップされる様になってきた。

    鬼ヶ岳を我が山と称する身としては気になって仕方がなく、先日初めて歩いてきた。

    平日の午後だったので、メインルートの登りでも数人とすれ違ったのみ、勿論周回コースでは誰一人出会うことはなかった。奥鬼ヶ岳までは昨年歩いた通り、山頂には新たにベンチやテーブルが新設されていた。
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    いよいよここから新しい周回コースへ足を入れる。暫くは緩やかな傾斜を赤いテープを頼りに下って行く。500m程進むと痩せ尾根に沿って右にカーブしていく。この尾根にたどり着くまでの区間が若干道迷いしそうな区間であるが、ほぼ等間隔で目印があるので、霧が出てたりしない限り、しっかり辿っていけばまず迷う事は無いだろう。
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    そこからは延々と尾根道を歩くのだが、この尾根道が実に気持ちの良い道だった。まるで以前からあった登山道の様で、写真の様に木のトンネルの中を進む様な場所もある。真新しい伐採の跡もあるが、どうやら山の所有者などが普段より利用しているのではと思うような尾根道である。木々に遮られ視界も決して良くは無いのだが、時折右側に見える主峰の鬼ヶ岳の姿がやけに新鮮に見える。
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    そんな尾根道が3キロほど続き、安養寺トンネルの上部を通過すると一旦林道に出る。100mほど林道を下ると再び登山道を示す赤テープが表れる。後になってしまったが、奥鬼ヶ岳からは標識は一切ない。前述の赤テープやリボンのみが目印である。
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    再び登山道に入ると、このコースで唯一の急登が始まる。「こんなの聞いてねーよ!」と思う位の急坂を登り切ると「蛇ヶ岳」の山頂に到着。しっかりと刈り取られた15m四方程度の広場に祠が3つ祀られている。右から「大日如来」「天満天神」「薬師如来」。更には「大日如来」の後方には越前五山の一つ「日野山」が鎮座。初めて訪れた山頂だが、この3つの祠とロケーションに非常にこの山の歴史と信仰の深さを感じさせられた。
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    ここから先は従来より「蛇ヶ岳」への登山道として整備されており、途中「弘法大師堂」という立派なお堂や「蛇ヶ池」「獅子ヶ滝」という言い伝えのある景勝地が見られる。
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    一旦道路に出て、駐車場に戻ったのは出発して2時間30分後、あとでGPSで確認したら実に9キロものロングコースだった。新たに出現したこの周回コース、普段の往復では物足りないと思った時にはもってこいの、玄人好みなコースであった。

    一点だけ心配な点が、奥鬼ヶ岳から蛇ヶ岳の間は今まで紹介されていてもおかしくない様な快適な尾根コースなのだが、なぜ今まで知られていなかったのか、もしかすると所有者や地元の方々にとって、一般の登山者には歩いて欲しくない場所なのかもしれない。もしそうだとしたら、こうしたブログで紹介する事がかえって登山者を増やす事になりかねないか懸念する所ではある。

    [ 2017/03/27 15:23 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    なぜ京都マラソンでサブ4達成できたのか?(PART2)

    なぜ京都マラソンでサブ4達成できたのか?(PART1)からの続き

    「パフォーマンス」=「走力」-「疲労」

    ネットか何処かに書いてあった式だが、フルマラソンはまさにこの通りだと思う。勿論当日の気象条件等も要因にはなるが、自身でコントロールできるものに限れば、このシンプルな算式に尽きる。

    福知山マラソンでサブ4への確かな手応えを感じ、あと9分早くゴールする為に取り組んだのはズバリ「走力をキープしたまま如何に疲労の無い状態で臨むか?」という事。福知山では後半足が攣ってタイムロスはあったものの、シーズン通しての練習のおかげか最後まで走力は保てた事は実証できた。パフォーマンスを上げる為、50を過ぎた親爺が今更「走力」を上げようと思っても中々容易では無い事は明らかだ。ならば現在の走力をキープしつつ、レース当日如何に疲労の少ない状態で臨み、尚且つレース中如何に疲労を貯めないか、これに尽きると思った。

    もう一点、4時間(240分)と4時間9分(249分)、率にすれば96.4%
    時間と体重、単純には比較できないが脚にかかる負荷、つまり体重を4%程度落とせばそれだけで福知山と同じ走力のまま4時間で走り切れるのではないか?

    最後に当日までの体調管理。どれだけの準備をして臨んでも風邪やインフルエンザにかかれば全てが台無しになる。

    以上の点を踏まえ3ヶ月間実践した事
    ①基本走るのは毎週末1日のみ(20キロ程度又は3時間LSD)
    ②週の中程に一回、筋トレ+有酸素運動
    ③週一回股関節を中心とした針治療
    ④徹底した食事管理。「消費カロリー>摂取カロリー」の実施
    ⑤絶対に怪我をしない、病気にならない事


    よくランニング雑誌等で、大会までのランニングメニューといったものが書いてあるが、自分の場合あの様なメニューを鵜呑みにすれば、疲労が蓄積する一方で過去何度も痛い目に遭ってきた。走力を落とさなければ良いと割り切っていたので、週末ロング走かLSD一本で十分だと思った。BCAAのサプリメントも活用した。今までは午前中ロング走をすれば、その日の午後は疲労困憊で何もする気が起こらない程だったが、今回購入したサプリの効果はてき面で、快復力アップに繋がった。
    具体的な内容は
    12/11 20キロ走
    12/18 3時間LSD
    12/25 20キロ走
    1/2 20キロ走
    1/7 3時間LSD
    1/21 4時間ウォーキング
    1/29 17キロJOG
    2/4 15キロJOG
    といった感じ。全て10時から13時位の最も暖かい時間帯に実施。幸い12月から1月上旬はうまく晴れの日が多く本当にラッキーだった。本来は1月中旬に30キロ走を一本入れたかったが、大雪でとても外を走れる様な状態ではなかった。仕方なく1/21の4時間ウォーキングは外を走れない代わりに室内200mトラックを4時間延々歩き続けたものだ。冬の福井は風が冷たく鼻水を垂らしながら、時には涙がこぼれ出すほど寒い思いをしながら走ったものだ。しかしおかげで京都の本番は全く寒さを感じる事なく走る事ができた。

    1月中旬以降の大雪には参ってしまったが、逆に雪かきをする事で筋肉を動かす事ができると捉え、仕事の合間に率先して雪かきを行った。おかげで運動不足をうまく解消できたのかもしれない。


    さすがに週末一回の運動だけでは筋力が落ちてしまうと思ったので、筋肉に刺激を入れる意味で近くのスポーツセンターでマシーンを使った筋トレを行った。時間にすれば40分程度か、マシーンの種類も豊富で主に体幹の筋肉を刺激する事ができた。中でも「マルチヒップ」という臀部や股関節周りの筋肉を鍛えるマシーンは効果があった様だ。本番レース中、鬼門だった股関節周りが最後まで持ちこたえてくれたのもこのマシーンのおかげかもしれない。

    筋トレの後は室内200mトラックで30分程度軽いランニングで走りの勘を失わない様にした。この200mトラックは曲者で、コーナー部が多い為あまり長く走りすぎると足首を痛めてしまうので注意が必要だった。


    疲労を溜めないという目的では最も効果のある実践だった。最も一回数千円の費用がかかるので、活用したい反面悩ましい所だ。


    朝食はしっかり、昼食は程々、夜はおかずのみでご飯(炭水化物)抜き、間食・アルコール一切無し。
    正直これが一番辛かったが、①②と併せた結果、福知山マラソン時の体重74kgから最終的に72kg、率にして3%程度減少した(因みに身長181cm)。体重が減った反面、筋トレで体幹の筋肉もついたと思うので、結果「走力」も思った以上にアップしてくれたのかも知れない。


    これは当然の事だと思うが、特に注意したのは人混みを極力避ける事。仕事で出かける時にはマスク着用、走る・筋トレ以外は外出を避ける。これに加え極力睡眠時間を多く取る事で、翌日に極力疲労を残さず、体の抵抗力を落とさない様注意した。

    以上が主な実践内容だが、このほかにもレース数日前からのカーボローディングや当日朝のお通じ(過去の経験により結構重要事項)、レース中のエネルギー補給対策など、3ヶ月間の実践内容プラス過去のレース経験等全てがうまく絡み合った結果、疲労の無いほぼ万全の状態でスタートを迎える事ができ、福知山よりも目標の9分を上回る15分早くゴールでき、しかもグロスでのサブ4という思っても見なかった結果を残すことができたのだと感じている。

    今後フルを走るかどうか分からないが、もう一度同じ事をやれるかと言われれば多分出来ない、というかやらないだろう。この3ヶ月間、家の事を殆どほったらかしにして家族には迷惑をかけてしまった。食事に関しても妻に注文を付ける事が多かった。週末位はビールも飲みたいし何も気にせず腹一杯食ってみたい。たかがサブ4でと思われるかも知れないが、自分にとっては本当に最後のチャンスだと思い真剣に取り組んだサブ4だ。しばらくはもう少し余韻に浸っていたい。

    [ 2017/02/22 18:29 ] ランニング | TB(0) | CM(0)