西日本の最高峰石鎚山

    以前から、一度は登ってみたいと思っていた四国の石鎚山に強行スケジュールで登ってきた。

    5月18日(木)
    5:25西乃川登山口→6:57成就社→7:26八丁のコル→7:53試しの鎖→8:29夜明峠→8:39一ノ鎖→8:52二ノ鎖→9:05三ノ鎖→9:14弥山→9:34天狗岳→10:05弥山→10:42夜明峠→11:26天柱石→11:45十字分岐→12:44刀掛→13:00岩原→13:45西乃川登山口

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    GPS電池切れにより一部ログ消失

    前日の夕方自宅を出発、高速を走り入野PAで時間調整の仮眠をとる。3時半に起き、いよ西条ICで降り牛丼屋で朝食をとる。コンビニで食料等を調達し、登山口の西乃川には5時過ぎに到着。仮眠も含めるとほぼ12時間の移動であった。

    通常石鎚山に登るには麓からロープウェイを利用し、そこから整備された参道を利用するのが定石だ。登山口から成就社近くまで、標高差845mを約8分で移動できる。しかし始発時間が平日で8時40分(土日でも7時40分)と登山をするには非常に遅いという事と、歴史のある登山道を麓から自分の足で登るのが石鎚山に対する礼儀だと思い文明の利器は利用しない。
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    登山口真向かいの有料駐車場に車を止めたが、料金の支払い方が分からない。支度をしていたら一人の女性が現れた。すぐ近くの家の方で、どうやら管理人さんらしい。1日500円という事で、日帰りの旨を伝え支払いをすませた。更に支度をしていると、1組のペアが先に登山口に入っていった。
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    道路横の石段より登山道(この山は山自体が御神体なので、参道というのが本当のようだ)にエントリーすると、いきなり何軒もの廃屋跡の間を通る。恐らくロープウェイができるまで(1966年8月設立)は参拝者で溢れ、集落も賑わっていた様子が窺える。更に進むと手積みの石垣が幾つも現れた。石の一つ一つにこの山が信仰の山であると言う事を痛感させられる。これを参道と言わず何と言おうか?これを見れただけでもロープウェイを利用しなくて良かったと思った。
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    石垣群を過ぎるといよいよ本格的な登りになり、杉の間伐林の坂道が延々と続く。非常に手入れされた間伐林である。途中、先行するペアを追い越したが、登りで出会った登山者は唯一このペアだけだった。
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    ようやく標高差約900mを登り切ると、ロープウエイ駅からの参道と合流し、道幅が一気に広くなり歩きやすくなる。しばらく進むと成就社に到着する。成就社は石鎚神社の中宮(山頂社が奥宮)とされ拝殿や旅館、休憩所等が立ち並ぶ、石鎚山参拝の重要拠点である。本来なら登山者、参拝者で賑わう筈であるが、ロープウエイの始発前という事で、誰一人いなちょっと異様な空間だった。ここの鳥居越しに初めて本峰を望む事ができた。
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    ここから先は「表参道成就コース」と言われ文字通り山頂へのメインストリートである。ここでも誰一人出会うこと無く最初の鎖場「試しの鎖」に到着。石鎚山にはこの他「一ノ鎖」「二ノ鎖」「三ノ鎖」と計4ヵ所のほぼ垂直な鎖場がある。「鎖禅定」とよばれ、古くから白衣の信徒がこの鎖場を登る姿は、まさにこの山が修験の山である事を伝えている。
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    それぞれの鎖場には迂回路が設けられ、誰でも危険を冒さなくても山頂まで行ける様になっているが、迷わず鎖場を登る。この鎖場こそが正規の参道であり、全て登ってこそ麓から登ってきた意義があるというものだ。鎖自体今まで見た事の無い様な大きさで非常にしっかりしているので、北アの鎖場に慣れている人にとっては問題なく登れると思う。ただ高さがあり、一番短い「一ノ鎖」で33m、一番長い「三ノ鎖」で68mもある。体力に自信が無い人は途中で身動きが取れない事態に陥りかねず、(試しの鎖では無く)「一ノ鎖」で様子をみるのが賢明である。
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    「試しの鎖」は名前だけみれば一番簡単そうだが、惑わされてはいけない。この場所はジャンダルムや西穂独標の様に独立した岩山になっていて、登るだけでなく必ず下らなければならない。更にこの下りが厄介で、下が全く見えない様な鎖場を下りていかなければならない。迂回路も無いので、登り切ったはいいが恐怖で下れない人はもう為す術が無い。最も登り口で注意書きの看板はあるので、登ってしまった人は自己責任です(笑)

    試しの鎖を過ぎるとようやく本峰の全容が望める場所に出る。急峻な岩場に建物が建っているのが良く分かる。
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    「二ノ鎖」の手前で、他の登山ルートと合流し、久しぶりの登山者に出会う。「土小屋コース」といって、山頂への最短コースらしい。連続する「二の鎖」「三ノ鎖」を登り切るといきなり山頂の奥宮の鳥居の前に出た。これは鎖場が正式な参道である事の歴とした証拠である。因みに迂回路を経由すれば、山頂奥宮の裏側に到達する。
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    山頂奥宮は「弥山」と呼ばれ、石鎚山の最高峰ではない。最高峰は弥山からナイフリッジを渡った先にある「天狗岳」である。弥山から見る天狗岳は圧巻である。この姿を見たくて、そしてこのナイフリッジを歩いて天狗岳に立つ為に、12時間掛けて福井からやってきたようなものである。弥山には登山者2名のみ、うち天狗岳を眺めている一人の女性は「私はとても怖くてあんな所よう行かんわ」と仲間のいる天狗岳を見つめていた。
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    槍の穂先とかもそうだが、写真では「こんな所どうやって行くの?」といった場所が実際行ってみるとそうでもない事が多々ある。以前から恐らく天狗岳もそんな所ではないか?と思いながらようやく歩く機会がやってきた。歩いてみると思った通り何ともない場所で、難なく天狗岳にたどり着いた。先行者が4名いたがすぐに一人になり、西日本の最高峰を暫く満喫することができた。
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    天狗岳からは下りに歩く予定の御塔谷の全容が良く見える。振り返ると弥山にもようやく登山者が増えてきたのが見える。着替えたり行動食を摂って20分程過ぎると、ガスが一気に沸きだしあっという間に弥山が見えなくなった。あと少し登頂が遅れていたら先ほどの天狗岳の姿や四国山地も一望できなかったと思うと間一髪であった。これも麓から参道を忠実に歩いて来た事へのご褒美であろう。
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    参拝は終わったので下りは折角なので鎖場を使わず迂回路を通ってみた。所々鉄の桟橋が架けられていて上り下り専用のレーンに分けられていた。それにしても凄い場所に架けられている。ロープウエイやこれらの迂回路のおかげで石鎚山参拝も随分と身近になった事であろう。
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    夜明峠までは来た道を戻り、ここからは「御塔谷コース」という別のルートを下る。このコースは一転して歩く人の数は少ないが、「石鎚山三十六王子道」という道の一部で道中三十六の王子社が祀られており、古くはそれらを巡拝する人たちの道としてこれまた歴史深い道である。道は決して明瞭では無く、王子社を探し回った跡と思われる踏み跡があちこちに見られ、常に登山道を外れていないか注意が必要である。
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    暫く下ると天柱石という大きな石塔が現れた。三十六王子のうちの一つで旗には27番目の王子社と記されている。
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    更に下って行くと朽ちかけた木橋や傾いた鉄橋をいくつも通過する。十字分岐辺りで二組の登山者とすれ違ったのみで登山口にたどり着いた。平日とはいえ如何にこのコースを利用する人が少ないかが分かる。反面今でも参拝者が後を絶たない歴史の道でもあり信仰の山を十二分に体験できるコースでもあった。
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    登山口近くで一人休憩している農作業のご婦人と話をした。長い間ここで暮らしていてこの地が大好きだという方で、いきなり「福井から来られた方ですか」と尋ねられ驚いた。よくよく話してみると駐車場の管理人さんの家族の方で、朝話をしたのは娘さんらしい。今日駐車したもう一台の車も福井から来た人だと言っていた。駐車のお礼を言うと「また来て下さいね。」と言われ登山口に戻った。
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    直ぐさま帰りの支度をし、西条市内の銭湯で汗を流し、途中金刀比羅さんに参拝し帰宅したのが翌る日の1時半。登山以外は殆ど移動の時間だったが、それでも以前より登りたいと思っていた山に登る事ができ、尚且つ思った通り歴史のある山で、運転の疲れを差し引いても余りある今回の強行登山だった。

    [ 2017/05/22 18:03 ] 登山 その他の山域 | TB(0) | CM(0)

    シャクナゲ満開の富士写ヶ岳→火燈山周回

    6:30大内登山口駐車場→8:00富士写ヶ岳→9:20小倉谷山→9:40火燈山→10:50大内峠→11:00大内登山口駐車場
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    前回この山に登ったのは2年前の6月。その時初めてこの山がシャクナゲで有名な事を知り、次回は是非シャクナゲの時期に来たいと思っていた。今回も前回同様、妻を誘って登ってきた。

    大内登山口駐車場に着いたのは6時30分、シャクナゲとGWが重なって多くの車を予想していたが、時間が早かったせいか10台くらいと肩すかしをくらった。

    登山道は最初から急勾配が続くが、一定な勾配で歩きやすく、鬼ヶ岳を登り慣れている二人にとっては、この一定な勾配が寧ろ心地よくリズミカルで体に優しく感じられる。

    登り始めて約1時間、高度750mを超えた辺りで本日最初のシャクナゲが表れる。
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    景色も広がり福井平野が日本海まで見渡せる様になる。
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    シャクナゲやタムシバを眺めながらもう一踏ん張りして富士写ヶ岳山頂へ。予想に反して山頂には誰もいない。すぐに我谷ダム側から1人2人と登ってきたが、5,6人程度の静かな山頂だった。
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    山頂には前回は無かった方位盤を兼ねた深田久弥の記念碑が立てられていた。深田が中学生の時、先輩達に連れられて初めて登った本格的な山で、以後深田を山の世界に引き込むきっかけとなった山がこの富士写ヶ岳なのである。今日は生憎白山が見えなかったが、深田久弥が登った時には恐らく東の方角に立派な白山が見えていた事だろう。
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    山頂を後にし、周回コースへ向かう。この頃からボチボチと登山者とすれ違う様になってきた。小倉谷山頂では狭い山頂に10数人の登山者が。皆周回コースを我々とは逆廻りで登ってきたらしく、聞いた所では逆廻り(半時計回り)の方が登りが緩やかなので、こちらのコースを歩く人が多いとの事だ。

    そこから先は登山者と引っ切り無しにすれ違う様になり、火燈山頂は大賑わい。一旦姿が少なくなっていたシャクナゲも火燈山頂の周辺で一番の群生地に出会う。
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    これだけのシャクナゲを観た妻も大満足の様で、最後まで足取り軽く周回を終える事ができた。
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    旧国道に出てびっくり!道路が全て駐車場まで片側駐車で埋まっていた。その数ざっと見ても100台は優に超えていた。やはり山登りは朝早いに限る。


    [ 2017/04/30 18:28 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    文殊山縦走トレーニング

    9:45二上登山口→10:13大文殊→10:23奥の院→10:42橋立山→11:00謎の登山口→11:04酒清水登山口→11:24橋立山→11:44奥の院→12:20二上登山口
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    カタクリがちょうど見頃という事で久しぶりに文殊山に登ってみた。どうせならと体力作りも兼ねてピストン縦走にしてみた。

    二上登山口は相変わらず賑やかだ。ここへ来るたび思うのは、鬼ヶ岳駐車場にもトイレができたらいいなという事。
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    メインコースをショートカットし稜線に出た辺りからカタクリが見られる様になる。群生地の一面の花びらはお見事!
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    大文殊を超えて奥の院を過ぎると、カタクリも少なくなり、同じくらい人通りも少なくなる。
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    橋立山からの急な下りで道を間違えてしまい、謎の登山口に下りてしまった。
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    暫く道路を歩き、酒清水登山口で水分補給をして後半戦にエントリー。
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    総距離11.5キロ、時間にして2時間35分の良いトレーニングだった。
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    [ 2017/04/08 16:14 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    鬼ヶ岳大周回コース

    14:00登山口→14:37蛇ヶ岳→15:27奥鬼ヶ岳→15:42奥鬼新道分岐→16:15登山口
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    先週初めて歩いた周回コースの逆廻りバージョン。尚且つ今回は主峰を経由せず、そのまま以前の周回コースを下りる、現在考えられる最も距離の長い大周回コースを歩いてみた。

    大虫滝公園までは、いつも車で通っている道路歩き。
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    蛇ヶ池
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    相変わらず歩いていて気持ちの良い尾根道
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    先日より15分早くゴール、距離は若干長い筈だが主峰の急登が無かった分、早く歩けたのかも知れない。駐車場には10台程の車があったが、誰一人会わなかった。

    [ 2017/03/29 18:07 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    鬼ヶ岳に新たな周回コース

    14:55登山口→15:25山頂→15:35奥鬼新道分岐→15:55奥鬼ヶ岳→16:55蛇ヶ岳→17:30登山口
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    従来、鬼ヶ岳の登山ルートといえば、登山口から山頂までの往復ルートと、山頂から半時計回りの周回ルートの2ルートのみであった。自分が初めて鬼ヶ岳に登ったのは2002年、その時からつい最近まではこの2つのルート以外に道は無かった。

    それが昨年辺りから、「奥鬼ヶ岳」「西鬼ヶ岳」と名付けられた小ピークまでのルートが開拓され、同時にメインルートの各休憩所にもベンチや日除けの施設が次々と出来あがり、以前に比べ随分と賑わいのある山に変わってきた。これらは皆、鬼ヶ岳の愛好者の方々が日々コツコツと整備されてきた賜物で有り、登山者にとって非常に有りがたく感謝の気持ちで一杯である。

    昨年「奥鬼ヶ岳」を訪れたとき、「いっその事ここから先さらに足を伸ばし、新たな周回コースができないものか?」と思った事を覚えていたのだが、どうやら本当に新たな周回コースができてしまった様なのである。今年の冬辺りから、奥鬼をさらに進み安養寺トンネルの上を通り「蛇ヶ岳」という山を経由し大虫滝に下りるコースがネットにアップされる様になってきた。

    鬼ヶ岳を我が山と称する身としては気になって仕方がなく、先日初めて歩いてきた。

    平日の午後だったので、メインルートの登りでも数人とすれ違ったのみ、勿論周回コースでは誰一人出会うことはなかった。奥鬼ヶ岳までは昨年歩いた通り、山頂には新たにベンチやテーブルが新設されていた。
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    いよいよここから新しい周回コースへ足を入れる。暫くは緩やかな傾斜を赤いテープを頼りに下って行く。500m程進むと痩せ尾根に沿って右にカーブしていく。この尾根にたどり着くまでの区間が若干道迷いしそうな区間であるが、ほぼ等間隔で目印があるので、霧が出てたりしない限り、しっかり辿っていけばまず迷う事は無いだろう。
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    そこからは延々と尾根道を歩くのだが、この尾根道が実に気持ちの良い道だった。まるで以前からあった登山道の様で、写真の様に木のトンネルの中を進む様な場所もある。真新しい伐採の跡もあるが、どうやら山の所有者などが普段より利用しているのではと思うような尾根道である。木々に遮られ視界も決して良くは無いのだが、時折右側に見える主峰の鬼ヶ岳の姿がやけに新鮮に見える。
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    そんな尾根道が3キロほど続き、安養寺トンネルの上部を通過すると一旦林道に出る。100mほど林道を下ると再び登山道を示す赤テープが表れる。後になってしまったが、奥鬼ヶ岳からは標識は一切ない。前述の赤テープやリボンのみが目印である。
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    再び登山道に入ると、このコースで唯一の急登が始まる。「こんなの聞いてねーよ!」と思う位の急坂を登り切ると「蛇ヶ岳」の山頂に到着。しっかりと刈り取られた15m四方程度の広場に祠が3つ祀られている。右から「大日如来」「天満天神」「薬師如来」。更には「大日如来」の後方には越前五山の一つ「日野山」が鎮座。初めて訪れた山頂だが、この3つの祠とロケーションに非常にこの山の歴史と信仰の深さを感じさせられた。
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    ここから先は従来より「蛇ヶ岳」への登山道として整備されており、途中「弘法大師堂」という立派なお堂や「蛇ヶ池」「獅子ヶ滝」という言い伝えのある景勝地が見られる。
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    一旦道路に出て、駐車場に戻ったのは出発して2時間30分後、あとでGPSで確認したら実に9キロものロングコースだった。新たに出現したこの周回コース、普段の往復では物足りないと思った時にはもってこいの、玄人好みなコースであった。

    一点だけ心配な点が、奥鬼ヶ岳から蛇ヶ岳の間は今まで紹介されていてもおかしくない様な快適な尾根コースなのだが、なぜ今まで知られていなかったのか、もしかすると所有者や地元の方々にとって、一般の登山者には歩いて欲しくない場所なのかもしれない。もしそうだとしたら、こうしたブログで紹介する事がかえって登山者を増やす事になりかねないか懸念する所ではある。

    [ 2017/03/27 15:23 ] 登山 近郊の山 | TB(0) | CM(0)

    なぜ京都マラソンでサブ4達成できたのか?(PART2)

    なぜ京都マラソンでサブ4達成できたのか?(PART1)からの続き

    「パフォーマンス」=「走力」-「疲労」

    ネットか何処かに書いてあった式だが、フルマラソンはまさにこの通りだと思う。勿論当日の気象条件等も要因にはなるが、自身でコントロールできるものに限れば、このシンプルな算式に尽きる。

    福知山マラソンでサブ4への確かな手応えを感じ、あと9分早くゴールする為に取り組んだのはズバリ「走力をキープしたまま如何に疲労の無い状態で臨むか?」という事。福知山では後半足が攣ってタイムロスはあったものの、シーズン通しての練習のおかげか最後まで走力は保てた事は実証できた。パフォーマンスを上げる為、50を過ぎた親爺が今更「走力」を上げようと思っても中々容易では無い事は明らかだ。ならば現在の走力をキープしつつ、レース当日如何に疲労の少ない状態で臨み、尚且つレース中如何に疲労を貯めないか、これに尽きると思った。

    もう一点、4時間(240分)と4時間9分(249分)、率にすれば96.4%
    時間と体重、単純には比較できないが脚にかかる負荷、つまり体重を4%程度落とせばそれだけで福知山と同じ走力のまま4時間で走り切れるのではないか?

    最後に当日までの体調管理。どれだけの準備をして臨んでも風邪やインフルエンザにかかれば全てが台無しになる。

    以上の点を踏まえ3ヶ月間実践した事
    ①基本走るのは毎週末1日のみ(20キロ程度又は3時間LSD)
    ②週の中程に一回、筋トレ+有酸素運動
    ③週一回股関節を中心とした針治療
    ④徹底した食事管理。「消費カロリー>摂取カロリー」の実施
    ⑤絶対に怪我をしない、病気にならない事


    よくランニング雑誌等で、大会までのランニングメニューといったものが書いてあるが、自分の場合あの様なメニューを鵜呑みにすれば、疲労が蓄積する一方で過去何度も痛い目に遭ってきた。走力を落とさなければ良いと割り切っていたので、週末ロング走かLSD一本で十分だと思った。BCAAのサプリメントも活用した。今までは午前中ロング走をすれば、その日の午後は疲労困憊で何もする気が起こらない程だったが、今回購入したサプリの効果はてき面で、快復力アップに繋がった。
    具体的な内容は
    12/11 20キロ走
    12/18 3時間LSD
    12/25 20キロ走
    1/2 20キロ走
    1/7 3時間LSD
    1/21 4時間ウォーキング
    1/29 17キロJOG
    2/4 15キロJOG
    といった感じ。全て10時から13時位の最も暖かい時間帯に実施。幸い12月から1月上旬はうまく晴れの日が多く本当にラッキーだった。本来は1月中旬に30キロ走を一本入れたかったが、大雪でとても外を走れる様な状態ではなかった。仕方なく1/21の4時間ウォーキングは外を走れない代わりに室内200mトラックを4時間延々歩き続けたものだ。冬の福井は風が冷たく鼻水を垂らしながら、時には涙がこぼれ出すほど寒い思いをしながら走ったものだ。しかしおかげで京都の本番は全く寒さを感じる事なく走る事ができた。

    1月中旬以降の大雪には参ってしまったが、逆に雪かきをする事で筋肉を動かす事ができると捉え、仕事の合間に率先して雪かきを行った。おかげで運動不足をうまく解消できたのかもしれない。


    さすがに週末一回の運動だけでは筋力が落ちてしまうと思ったので、筋肉に刺激を入れる意味で近くのスポーツセンターでマシーンを使った筋トレを行った。時間にすれば40分程度か、マシーンの種類も豊富で主に体幹の筋肉を刺激する事ができた。中でも「マルチヒップ」という臀部や股関節周りの筋肉を鍛えるマシーンは効果があった様だ。本番レース中、鬼門だった股関節周りが最後まで持ちこたえてくれたのもこのマシーンのおかげかもしれない。

    筋トレの後は室内200mトラックで30分程度軽いランニングで走りの勘を失わない様にした。この200mトラックは曲者で、コーナー部が多い為あまり長く走りすぎると足首を痛めてしまうので注意が必要だった。


    疲労を溜めないという目的では最も効果のある実践だった。最も一回数千円の費用がかかるので、活用したい反面悩ましい所だ。


    朝食はしっかり、昼食は程々、夜はおかずのみでご飯(炭水化物)抜き、間食・アルコール一切無し。
    正直これが一番辛かったが、①②と併せた結果、福知山マラソン時の体重74kgから最終的に72kg、率にして3%程度減少した(因みに身長181cm)。体重が減った反面、筋トレで体幹の筋肉もついたと思うので、結果「走力」も思った以上にアップしてくれたのかも知れない。


    これは当然の事だと思うが、特に注意したのは人混みを極力避ける事。仕事で出かける時にはマスク着用、走る・筋トレ以外は外出を避ける。これに加え極力睡眠時間を多く取る事で、翌日に極力疲労を残さず、体の抵抗力を落とさない様注意した。

    以上が主な実践内容だが、このほかにもレース数日前からのカーボローディングや当日朝のお通じ(過去の経験により結構重要事項)、レース中のエネルギー補給対策など、3ヶ月間の実践内容プラス過去のレース経験等全てがうまく絡み合った結果、疲労の無いほぼ万全の状態でスタートを迎える事ができ、福知山よりも目標の9分を上回る15分早くゴールでき、しかもグロスでのサブ4という思っても見なかった結果を残すことができたのだと感じている。

    今後フルを走るかどうか分からないが、もう一度同じ事をやれるかと言われれば多分出来ない、というかやらないだろう。この3ヶ月間、家の事を殆どほったらかしにして家族には迷惑をかけてしまった。食事に関しても妻に注文を付ける事が多かった。週末位はビールも飲みたいし何も気にせず腹一杯食ってみたい。たかがサブ4でと思われるかも知れないが、自分にとっては本当に最後のチャンスだと思い真剣に取り組んだサブ4だ。しばらくはもう少し余韻に浸っていたい。

    [ 2017/02/22 18:29 ] ランニング | TB(0) | CM(0)

    なぜ京都マラソンでサブ4達成できたのか?(PART1)

    レース3日後、体の疲れはほぼ無くなったが、レースの余韻はまだ残っている。今振り返ってみると、レース前までのトレーニング・コンディション作り、レース当日のコンディション・気象状況・レース運び等々、全てが良い方向に重なり結果として表れたのだと思っている。

    改めて、自分がなぜ京都マラソンでサブ4達成できたのか検証してみようと思う。もし同じような年代(50前後)の方で、サブ4目指している方の参考になれば幸いである。参考までに過去の参加大会と記録を記しておく。

    初回(2009.03.08)能登和倉万葉の里マラソン 4:26:53 (ネットタイム 以下同じ)
    2回目(2013.10.27)大阪マラソン 4:22:43
    3回目(2014.02.23)東京マラソン 4:16:56
    4回目(2014.11.13)神戸マラソン 4:47:01
    5回目(2015.10.25)大阪マラソン 4:21:14
    6回目(2015.11.23)福知山マラソン 4:43:17
    7回目(2016.11.23)福知山マラソン 4:08:50
    8回目(2017.02.19)京都マラソン 3:53:55

    2回目以降は毎年1,2回フルを走っていて、昨年の福知山を走るまでは、どうやら自分の実力はどう頑張っても4時間15分程度だなと思っていた。それまでも目標はあくまでサブ4だったのだが、大会直前で足を故障したり、故障とまではいかないが疲労を抱えたまま走ったり、いざレースでは決まって中間点を過ぎると呼吸が上がり始め、そのうち股関節から臀部辺りの筋肉がパンパンに固くなり、30キロを過ぎると完全に脚が止まり「歩き」が頻繁に入り、結局同じようなリザルトばかりだった。もう年齢的にも肉体的にもサブ4は無理なのかもしれないと思い始めていた。

    転機は昨年の福知山マラソン、いつもの様に25キロ過ぎから下半身が固まり始め、ハムや脹ら脛など足の至る所が代わる代わる攣り、その都度立止まり沿道に外れストレッチを繰り返した。しかし呼吸の方はまだ余裕があり、足の痙りが治まると意外と元のように走り出すことができた。結局足痙りで4,5回ほど止まった以外時間のロスは無く、終わってみれば自己ベストの4時間8分50秒でのゴールだった。ラスト1キロの登りも含めたラスト2.195キロも12分50秒で登り切った。

    自己ベストが出た思い当たる要因は2点

    1点目
    シーズンを通して「走りの切れ目」が無かった事。
    ブログタイトルの通り、毎年6月~8月は登山シーズンという事と、とても暑くて走る気がしないという事で、一昨年までは殆どRUNはお休み状態であった。ところが昨年に限り、暑い時期でも日暮れ以降に週1,2回程度、それも8~10キロと割と短い距離ではあるが、走り続けてきた。理由は「夏の暑い時期でも辛抱して走り続けていれば、秋以降それまでと打って変わってウソのように楽に走れる様になる」というのをRUNNETかどこかで見たからである。それまでは9月になって涼しくなってから、ようやく走りを再開していたのが、昨年は冬からシーズン通して走り続けてきた。

    2点目
    自分は極端に体が硬い体質だ。特に股関節周りを中心とした下半身の硬さは半端ではない。所が大会の1ヶ月前位から週一で鍼灸院に通い、股関節周りを念入りに施術してもらっていた事で、股関節周りが最後まで悲鳴を上げる事がなかったのではないか?この鍼灸院は以前悩まされた五十肩を治してもらっていた医院で、非常に信頼のおける先生だ。毎回針を打つ前と後では「股関節回し」が雲泥の差で解る程スムーズに回る様になっていた。週一ペースで針を打つ事で、股関節周りに溜まる疲労を取り除いてくれたのではないかと思う。

    この福知山のリザルトには自分でも驚いた。さほど厳しい練習をしたわけでは無いのに(余程以前の大会直前の方が追い込んだ練習をしていた)思いもよらない自己ベストが出てしまったという印象だった。即ちこの自己ベストは自分が本当にできる限りの努力をして達成したものでは無いのである。これが自分のフルのベスト記録として終わりたくはない。この瞬間「何としてでも京都マラソンでサブ4達成!」を狙う事になった。

    「残り3ヶ月、これからどうやってあと9分早くゴールする事ができるか?」

    具体的な取り組みが始まった。

    京都マラソン2017参戦記

    今年最初のブログ更新(汗

    ここ暫く、ただでさえ少ないブログ更新に加え、その殆どが山行記事ばかりだったのだが、RUNをやっていなかった訳ではない。日々の練習もそれなりに行い、大会にもちょくちょく参加していたのだが、これといって「ブログねた」になるような内容も無く、結果的には記事にしやすい山行記録が数を占めていた形だった。

    しかしながら、ようやくRUNでもブログに載せられる様な結果を出す事ができた。
    昨日参戦した京都マラソン2017。自身8回目のフルマラソンでようやくサブ4達成する事ができた。しかもグロスでもサブ4というおまけ付きだ。
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    自身初のサブ4という事で、今回のレースを迎えるまでの事は後日改めて記す事として、ここは一つ防備録も兼ねて参戦記を残しておく事にしよう。

    今回のスタート時間は午前9時、前泊のホテルにて5時に起床。ホテルの朝食時間は7時からなのだが、移動時間や消化時間を考えるとさすがに遅すぎる。なので前日買ったおいた赤飯、豆餅、野菜サラダ、カップ味噌汁で部屋で朝食をすます。因みに今回のレース中も「ノートイレ」の予定なので(結果もノートイレ)、当日の水分は極力避ける。

    7時過ぎにスタート会場の西京極運動公園に到着。既にホテルで着替えているので、手荷物預けはスムーズ。最後のトイレを済ませ、ブロック整列開始時間の8時丁度にDブロックの先頭に並ぶ。スタートまで1時間、日差しが注いではいるものの、この待ち時間にはいつもながら悩まされる。しかしこの大会は寒さ対策として、不要になった衣類を防寒着としてスタート直前まで着用する事ができ、回収した衣類はリユース・リサイクルとして再利用するシステムをとっている。自分も古いセーターをスタート直前まで着ている事ができ、これがかなり体の冷えを和らげてくれた。
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    この大会は西京極陸上競技場がスタート地点で、スタートブロックもトラックである。今まで東京・大阪・神戸の都市マラソンに参加したが、スタートのセレモニーやスタートの瞬間が見られたのはこの大会が初めてで、とても新鮮だった。

    今回の目標はズバリ「サブ4狙い」、昨年11月の福知山マラソンで4時間9分でゴールした際、ようやく自分がサブ4を狙える事がイメージとして捉える事ができ、この大会に向け3ヶ月間取り組んできたことを試す時がやってきた。あとはこのコースの特徴である前半のアップダウン、コース全体を通しての道幅の狭さにどう対応するかがサブ4達成の鍵であろう。

    いよいよ9時丁度に号砲、Dブロック先頭に並んだ自分のタイムロスは4分40秒程度、過去のフルマラソンのタイムロスでは最短ではなかろうか?

    0km~5km
    道幅が狭いとの評判のこのコースだが、この区間は道幅も十分広く、アップダウンも無い。ただスタート直後という事で、人も多くペースを上げる事ができない。まあこれはどの大会でも同じなので仕方の無い事だ。この様な大きな大会はウォーミングアップ自体ができないので、この区間はアップも兼ねてという様に捉えるしかない。
    5kmラップ:28分36秒

    5km~10km
    5km手前から桂川の堤防を走る。体もようやく動き始め、前方に渡月橋、嵐山の山並みが見え非常に気持ちが良い。この辺りから少しずつランナーの密集度が減り、ペースを上げる事ができた。渡月橋手前を右折すると、最初のアップダウン、嵐山高架橋を迎える。何せこのコースは前半の17キロ、今宮神社を過ぎる辺りの最高地点までアップダウンが続くので、ここまでいかに足を残して後半に備える事ができるかがポイントとなるのだ。

    高架橋を越え右折してからは狭い住宅街を走る。登りが多くなり決して走り易いとはいえないが、住民の方たちの声援も絶えず、登りもそれほど苦にはならなかった。まだまだ前半なのでオーバーペースにならない様、気をつける。
    10キロラップ:27分55秒

    10km~15km
    相変わらず狭く登り基調のコースが続く。仁和寺では山門に勢揃いしたお坊さん達の熱い声援を受ける。京都ならではの応援で、京都の街を走っている事を実感させられる。龍安寺を過ぎると間もなく西大路通に出るのだが、この間の下り基調の直線で、かなりスピードに乗る事ができ、体調の良さを感じ後半に向けての自信に繋がった。

    西大路通は一転道幅も広く、高校駅伝花の一区の勝負所の坂でお馴染みで、沿道の声援の数も一気に増え、テンションも更にアップする。
    15キロラップ:27分02秒

    15km~20km
    いよいよこのコースの最高地点を迎える。ここを超えれば、35キロ過ぎからの今出川通のじわりとした登りは残すものの、ほぼ下り基調となる。今宮神社を超えた辺りが最高地点なのだが、難なく通過し賀茂川にでる。ここまでのコースは単調な一方向のコースだったのだが、ここからは折り返しが多くなり、車線を挟んでランナー達と対面するコースが続く様になる。
    20キロラップ:26分59秒

    20km~25km
    賀茂川から左折し北山通に入り、程なく中間点を通過。タイムは1時間56分23秒。サブ4狙うにはタイム的には少し早すぎかもしれないとの思いが頭をよぎった。過去のレースでは中間点を過ぎてから徐々に心拍が上がり始め乳酸も蓄積し始め、30キロ手前で股関節周りがパンパンに固まり失速するのがパターンだったので、ここから先はいつ心拍が上がり始めるかとヒヤヒヤだった。しかしこの3ヶ月の練習の成果を信じ、もう行くしかない。

    北山通に入ると、いよいよ京都の中心地に近づいてきた感が強くなってきた。今までとは違い、通りを往復する為か沿道の人達の数も半端なく増えてきた。心配していた心拍も、まだ鼻で呼吸できているので大丈夫な様だ。この辺りで何となくサブ4いける様な思いがし始めてきた。
    25キロラップタイム:27分00秒

    25km~30km
    過去のレースでは、この辺りから股関節周りが固まり始める区間だ。周囲のランナーも歩いたり止まってストレッチをする人が目立つ様になってきた。自分もいつこの様な症状になってもおかしくない。ただ今日はまだ足が動いてくれている、もう体に全て任せよう。

    途中、道路から外れ府立植物園の敷地内を走る。単調な直線道路から曲がりくねった森の中を走る様で、自然と気分転換ができた。植物園を出るとすぐに賀茂川堤防に戻り、ここから京都マラソン名物、河川敷コースに入る。
    30キロラップタイム:27分34秒

    30km~35km
    河川敷コースは未舗装路の為、脚に優しい反面、概ね道幅が狭い。狭い所では4人位でしか併走できない程で、歩いている人がいれば、それだけでペースが乱される。思い返してみるとこの河川敷が今回のポイントだった様な気がする。今までのレースなら必ずといって良いほど「歩き」が入った距離帯だ。今回脚が止まる事はなかったのだが、この狭い道のおかげで適度にペースダウンしたおかげで、30キロの壁を乗り越える事ができたのかもしれない。

    もう一点、ここでもらった何人かの声援が、今までの「頑張って!」「ナイスラン!」とかでは無くて、「サブ4行けるぞ!」と言った、今までもらった事の無い、サブ4を強く意識させてくれるものだった事が大きかった。それまでたくさん声援いただいた方々には申し訳ないが、正直この声援は今までのどの声援よりも力になるものだった。

    河川敷も終わりに差し掛かった頃、前方に頭に風船を付けたペースランナーの姿が見えてきた。4時間のペースランナー達だ。ここでも改めて自分が4時間ペースで走れている事を確認したのだが、よくよく考えてみると、ひょっとしてこのペースランナーは号砲が鳴ってからの4時間ゴールのペースランナーの筈なのではないか?ひょっとしてこの人達と一緒にゴールするという事は、自分もグロスで4時間切れるのではないか?と、初めてグロスでサブ4を意識し始める事になった。

    河川敷が終わりいよいよ京都の中心地、御所前の丸太町通に入る。いつ呼吸が上がるか心配だったが、未だに鼻で呼吸ができていて、脚が自然に前に行ってくれる。もういける所まで行くしかない。今は長年抱いてきたサブ4達成への千載一遇のチャンスなのだ。再び多くなった声援に後押され、ペースランナーを抜き去る。
    35キロラップタイム:27分59秒

    35km~40km
    35キロ地点、京都市役所前広場で、京産大応援団の強烈な応援を受ける。このまま完走すれば、タイム的に4時間切れる事は分かってはいたが、いつ脚が止まってしまうかヒヤヒヤで油断はできない。この辺りからハムや脹ら脛がピリピリと攣る前兆の様なものが現れる。脚が攣ったら必ず止まってしまう。一旦止まれば再び今までのペースで走るのが難しいのは過去の経験からよく分かっている。「脚よ、何とか最後まで攣らないでくれ!」残り少ないジェルを口に流し込む。

    ついに最後の難関今出川通の登りに入る。前半の登りに比べればたいしたことの無い登りの筈なのだが、さすがに40キロを走ってきて脚を使い果たした状態では大きな壁の様だ。登りの手前で最後のジェルを飲み込む。一歩一歩、今攣るかこの次の一歩で攣るか、といった状態で登り続ける。心拍も上がり、ついに「ハーハー」と口呼吸になる。もうこれ以上登り続けたら脚が攣るだろうと思った頃、ようやく最後の折り返しが見えてきた。
    40キロラップ:28分53秒

    40km~ゴール
    ゴールまではもう下りしかない。心拍は上がりきってしまったが、下りの惰性に任せて行くしかない。いつのまにか抜き返されていた4時間ペースランナーのお姉さんに再び追いつく。東大路通の直線がやけに長い。途中お姉さんが振り向き「みなさん!これから私より先に行って4時間切ってください!」と激励してくれた。今ほどペースランナーの有り難みを感じたことは無い。

    もうペースやフォームなんてどうでも良い。グロスでサブ4なんて今まで考えた事もなかったが、今現実に達成できるかもしれない。福知山マラソン以来、あと9分どうやって早く走るかだけを考え実践してきた事が実を結ぼうとしている。この歳になってこんな達成感を味わえるなんて思ってもみなかった。努力した分、結果は嘘をつかないんだ、こんな経験ができ何て俺は幸せなんだろう。体の痛みはどこかにとんでしまっていた。

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    最後のカーブを曲がると正面に平安神宮の赤い鳥居が見えた。同時に放送ブースのトークの声が耳に入ってきた。「この直線を走っている人はもうサブ4確実ですね」みたいなトークだ。他に何人かのランナーが走っていたが、まさに自分へのご褒美の様に聞こえた。ゴール直前で電光掲示板の表示がようやく目に入る。最初の文字が3になっていた。
    ゴールラップタイム:11分57秒

    グロスタイム:3時間58分37秒
    ネットタイム:3時間53分55秒

    [ 2017/02/20 14:50 ] ランニング 大会 | TB(0) | CM(0)

    笠新道から小池新道周回

    9月10日(土)
    4:45鍋平登山者用駐車場→5:10新穂高センター→6:07笠新道入口→8:12杓子平→9:10稜線→9:23抜戸岳→11:50弓折岳→12:11弓折乗越→12:36鏡平小屋→14:45小池新道入口→15:00わさび平小屋→15:50新穂高ロープウエイ駅→16:10鍋平高原駅→16:23鍋平登山者用駐車場

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    新穂高を起点とする北アルプスの山々は、笠ヶ岳から西穂高岳まで3000m級の稜線が、新穂高をちょうど馬蹄形の様な形で取り囲む様に連なっている。そのすべての稜線には登山道が整備されている。今までほぼ全ての稜線を歩いたが、唯一歩いていない区間が折戸岳から弓折岳までの区間である。

    昨年、難関の大キレットを歩き、いつかこの残された区間を歩いて全稜線を制覇したいと思っていたが、今回歩く機会がやってきた。

    新穂高に着いたのは4時30分頃。さすがにこの時間では深山荘前の無料駐車場は満車で、初めて鍋平の登山者用駐車場に駐車した。ここから新穂高センターまで30分程登山道の様な道を歩いて下りないといけない。おかげで登山届けを書いて出発する頃はもう明るくなっていた。明るくなってからここを出発するのは初めてだ。
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    左俣林道を歩くのは実に9年振り。今回と同じ笠新道を登り、笠ヶ岳からクリヤ谷に降りる周回だった。クリヤ谷の下りが長く、誰一人出会う事なく不安になりながら降りた記憶がある。林道を歩いているとちょうど笠ヶ岳の山頂に朝日が輝いていた。
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    笠新道は標高1380mの入口から2800mの稜線まで、標高差1400mの急登で、コースタイムは6時間20分に設定されている。笠ヶ岳に登るには一番近い登山道だが、かなりの急登を強いられる。前半は樹林帯なので日差しを避けて歩けるが、高度を上げ森林限界を抜けると日差しが容赦なく照りつけ、立止まる回数も多くなる。しかし乗鞍岳や焼岳の眺めが綺麗でそのうち槍ヶ岳も見える様になってきた。
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    標高2450mで「杓子平」という一旦平坦な場所にでる。ここで初めて笠ヶ岳の姿が目に飛び込んでくる。ここで見る大パノラマは圧巻である。同じ頃着いた人も「これを見ればこれまでの疲れが一気に吹き飛びますね」と話していた。本当にここに立った者しかわからない実感である。
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    ここからあと350m程の登りが待っているが、見える景色はこれまでと全く違う別世界の様だ。登り始めて約3時間で稜線に立った。笠ヶ岳の奥には遠く白山も見える。黒部五郎岳や薬師岳といった黒部源流方面も良く見える大パノラマだ。
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    ここからはいよいよ初めて歩く稜線だ。すぐに抜戸岳に到着、標高2813m、今日の最高地点だ。木の標識があるだけの寂しい山頂だった。
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    当初、ここから弓折岳までの稜線は基本下り基調で行くんだろうと思っていたのだが、甘かった。結構な登り返しやガレ場があり、思っていた以上歩きにくいコースだった。しかしこのコースの最大の特徴は何と言っても槍穂高連峰を間近に見ながら歩ける事だろう。距離にして約4km程の稜線だが、少しずつ表情を変える連峰に終始目を奪われ放しだった。
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    弓折岳も登山道から少し離れた標識があるのみの地味な山頂だったが、槍ヶ岳まで直線距離で4.8km、その間全く遮る物が無く絶好の槍ヶ岳ビュースポットだ。
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    この稜線は眺めは最高なのだが、歩く人はそんなに多くはいなかった。稜線までのアプローチが大変なのと、ここを敢えて歩かなくても目的地に行く事ができる為かもしれない。つまり、新穂高から双六小屋に行くには小池新道を歩けば早いのであり、わざわざ笠新道からここを歩いて双六小屋に行く必要は無いのである。ここを歩く必要があるのは笠ヶ岳から双六小屋を行き来する場合位である。

    と、ここまで書いてようやく自分も今まで歩いていなかった理由に気が付いた。歩く必要性が無かったのだ。それでも歩いて初めてわかった。名だたる百名山に囲まれて地味な山頂しかないコースだが、間違いなく一級品のコースだった。

    稜線を後に小池新道へと下る。このコースも実に12年振りだ。双六方面に向かう登山者と多くすれ違うようになった。12年前と何ら変わらない鏡平小屋で何と生ビールにありつく事ができた。「逆さ槍」も健在で何とも贅沢な山小屋だ。
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    後はゴールに向かってどんどん下るのみ。新穂高からは最終便のロープウエイに間に合い、鍋平駐車場に戻った。
    [ 2016/09/11 13:24 ] 登山 北アルプス | TB(0) | CM(0)

    白山展望歩道

    9月3日(土)
    5:25別当出合→6:26甚之助避難小屋→7:03南竜山荘→7:36アルプス展望台→8:10室堂→8:40山頂→11:10別当出合
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    前回山に行ったのが、5月8日なので実に約4ヶ月振り、更には今年初の白山である。(勿論鬼ヶ岳にはせっせと通っているのだが)

    以前は確か別当出合までの交通規制は、夏と紅葉時期の間は一旦閑散期という事で解除期間があったはずなのに、最近は7月から10月までは週末は全て規制がかかっている。それだけ訪れる人が多いという事だろう。

    バスには乗りたくないので、日付が変わる前日の夜、市ノ瀬を通過し別当出合で車中泊をする。この方法、何度かやっているが、この時期白山に行く場合ベストの選択ではないかと思う。

    まず何と言っても帰りのバズの時間を気にせずに行動する事ができる。また、規制がかかった別当出合の駐車場はガラガラで、朝ゆっくりと身支度をする事ができる。よく新穂高無料駐車場などでは、車中泊をしていても、深夜突然車のライトで目を覚ます事もあるが、ここでは12時を過ぎたら車が来ることはなく、睡眠を妨げられる事はない。これは非常に有り難く実はこれが一番のメリットかもしれない。更には5時市ノ瀬発の一番バスが到着する前に登り始める事もでき、非常に優越感に浸る事ができる。もっとも今回はゆっくりし過ぎて一番バスに先をこされてしまったが(汗

    今回はまだ歩いた事のない、展望歩道を歩いてみた。甚之助避難小屋頃までには先行のバス登山者をほぼ追い抜き、分岐を右に進み南竜へと向かう。この頃は天気も良く、まさか後であの様な天気になるとは思ってもみなかった。
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    展望歩道の登山道は南竜センターから一旦テント場の方に向かい、テント場への橋を渡る手前の分岐を左に向かう。最初は笹藪の間の平坦な木道が一キロ位続く。その後徐々に急な登りになるが、振り返ると南竜ケビンや油坂、別山の眺めが美しく心を癒やされる。
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    それらが見えなくなると、今度は御岳から乗鞍、穂高、槍、剱と順番に北アルプスが見える様になる。そのうちアルプス展望台に到着する。台風の影響か雲が多いものの、一望する事ができ満足。
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    今回この遠回りコースを選んだのは正解だった。この後徐々に天気は崩れ室堂到着の頃は山頂はガスの中。最初から山頂に直行していたら恐らく今日は北アルプスを見る事はできなかっただろう。それでも今年初の白山、山頂に向かわない理由はない。山頂の神社でお賽銭を投げ入れお祈りをする。このために今日はやってきたのだ。

    もうこの頃には強い風と霧雨状態で三角点タッチの後急いで山頂をあとにする。過去最短の山頂滞在時間だった。
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    室堂もいつの間にか風と霧雨状態で、朝登り始めた登山者ご徐々に到着し始めたころらしく、皆雨具の準備をし山頂へ向かい始めていた。この時期花も紅葉もないが、ナナカマドが徐々に色づき始め、山景色にアクセントを付けていた。
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    帰りは観光新道を下る。どうやら濃いガスは弥陀ヶ原までで、そこから下は普段の夏の天気のようだ。別当出合を起点とした白山のプチ周回コース。展望歩道が思いの外しっかりと整備されていて、その上歩く人も少なく、眺めもその名の通り展望が楽しめ、暫く振りの白山に大満足の一日だった。

    [ 2016/09/04 10:38 ] 登山 白山 | TB(0) | CM(0)